2001年中国の旅 張家界・長沙・上海

2001年中国の旅 張家界・長沙・上海


 過去の旅行紹介も中途半端なままですが、ここもとりあえず、公開とさせて頂きます。このページも中途半端で、しかも文章は殴り書きのままで、何時続きに手が付けられるか分かりませんが、・・・・・(^_^;) 同じ所へ行こうと思われる方の何かの参考になれば幸いです。
 メニューに付けた「山水画って写実だったのね(その2)」と言う題も変ですが、98年に行った黄山とは少し違う景色ですが、張家界でもその景色から「山水画って写実だったのね」と言う感じを持ちましたので、そういう題を付けてみました。
 5回目の中国旅行(2001.8.28〜9.4)です。湖南省張家界市・武陵源をメインとして旅行計画を考えました。運動不足の私にも無理がないように張家界市・武陵源で4泊して、丸3日の武陵源での観光の時間をまず取りました。張家界市へは日本から上海、広州、北京経由で入ることが出来ますが、距離的には上海経由が一番効率的で、上海は過去の旅行で少し寄っただけで中途半端なところが多いので、再訪も含めて行きたいと思うところを行くために2泊し、また、湖南省の省都長沙市には馬王堆漢墓から出土した文物を展示した湖南省博物館があり、湖南省博物館だけを目的に湖南省を訪ねることは今回を逃すと今後ないかもしれないと言うことで、長沙市での1泊を加えて、旅行計画の骨子ができあがりました。と言うことで、今回の中国旅行も2回目になる個人手配旅行となりました。
 今回行った世界遺産の張家界について、観光ガイドブックには「張家界」、世界遺産関係の本には「武陵源」と書かれていて、何で表記が違うのかと思っていました。ユネスコのホームページには"Wulingyuan Scenic and Historic Interest Area"「武陵源の自然景観および歴史地区」とありますので、世界遺産として登録されたときには「武陵源」と言う表記が使われたものと思います。でも、張家界市の北側に広がる広大な風景区の一つが「武陵源」で多くの部分は張家界市に含まれ、現地では「世界遺産 張家界」の様に扱われていましたので、ここでは、「張家界」とします。
 前置きが長くなりましたが、以下がその日程です。

                                食事手配
8/28(火)自宅7:00−津駅7:21−9:00近鉄難波−南海難波9:30−10:07関空
    11:15関空発−12:30上海浦東着 日本航空JL793便
     金泉銭幣博物館
    16:40上海浦東発−18:10張家界着 中国東方航空 MU5311     夕
    張家界泊(祥龍国際酒店)
8/29(水)武陵源観光                         朝
     普光禅寺、秀華山館、黄石寨                昼
    張家界泊(琵琶渓賓館)                   夕
8/30(木)武陵源観光                         朝
     天子山金鞭渓、                      昼
    張家界泊(琵琶渓賓館)                   夕
8/31(金)武陵源観光                         朝
     黄龍洞、宝峰湖                      昼
    張家界泊(琵琶渓賓館)                   夕
9/1(土) 9:50張家界発−10:45長沙着 武漢航空 WU337          朝
    長沙観光                          昼
     湖南省博物館、岳麓書院、麓山寺、湖南省文物商店      夕
    長沙泊(富麗華大酒店)
9/2(日) 9:45長沙発−11:15上海浦虹橋着 中国東方航空 MU5394     朝
     上海博物館
    上海泊(上海賓館)               夕(緑波廊酒店)
9/3(月) 上海郊外観光                        朝
     大観園、周荘、松江(方塔)、虹橋友誼商城          昼
    上海泊(上海賓館)                     夕
9/4(火) 上海市内散策                        朝
     龍華寺、東方明珠塔                    昼
    14:50上海浦東発−17:55関空着 日本航空JL794便
    関空18:25−19:19上本町19:33−21:04津駅−21:22頃自宅着

個人による手配と言うことで、昨年関空−北京間の航空券の手配でお世話になったホリデイ株式会社に依頼しました。
 以下、訪ねたところを簡単に紹介させて頂きます。


1日目(8月28日) 関西国際空港から上海へ、そして、張家界市へ
 この日の上海は、張家界への乗り継ぎの合間の市内観光と言うことで、古銭が縁で以前からメールを交換している朱さんが勤めている金泉銭幣博物館を訪ねました。6月の計画段階では、上海を発つのは18:40の予定で、市内観光の時間としては2時間半程度は取れるつもりでしたが、出発2週間前になって、急に2時間出発時間が早まってしまいました。(T_T) 飛行機が少し遅れたり、入国に手間取ったら観光時間が飛んでしまいそうになってしまいましたが、飛行機はほぼ時刻通り着き、入国も25分ほどで出来ましたので、とりあえず、金泉銭幣博物館に向かいました。
 金泉銭幣博物館は多倫路という私設博物館がたくさんあって、魯迅公園近くにある通りにあります。でも、飛行機の出発時刻の1時間前に空港に着いて、空港までの時間を1時間見込むと、博物館滞在時間はたったの30分。博物館は民国時代の将軍の別荘と言うことで左の写真のように、洋風の建物です。博物館に入ると銀錠が数十個並んだ展示ケースがまず目に入り、左の間取り図のように第9展示室まであるのですが、第3展示室まで見たところで時間切れでした。古銭は一部しか見ませんでしたが、戦国時代の刀貨、布貨も充実した展示でした。空港に戻ったら、何たることか、飛行機の出発時間が1時間遅れとかで、残念でした。
 結局、飛行機は1時間10分遅れで、張家界に着いて食事をとってホテルに着いたら9時を過ぎていました。

2日目(8月29日) 張家界市内と黄石寨

 
 張家界に入っての最初は、ホテルそばの普光禅寺に行きました。表の建物は左の写真のように普通の中国のお寺ですが、奥の方には右の写真のように土家(トゥチャ)族風のひさしの反りが非常に大きな建物がありました。
 次に秀華山館という土家族の私設の民族博物館を見に行きました。家具、工芸品、生活用品などの展示があり、なかなか見事な彫刻が施されている物が展示されていました。
 市内をさっと見て、張家界森林公園の方に移動し、まず、黄石寨風景区に行きました。
 黄石寨と言うのは一種のテーブルマウンテンで周囲は断崖絶壁に囲まれていますが、上は比較的平坦な約3kmの遊歩道が1周しています。そこを散策しながら、周りの景色を楽しむことが出来ます。通常は右下の写真のロープウェーを利用しますが、下の写真のように歩いて登ることももちろん出来ます。でも、写真からも分かるように階段は急で長く、ガイドブックによると登り3時間、下り1.5時間とのことです。
 黄石寨からの周りはロープウェーの所の写真でも分かりますが、周りは断崖絶壁に囲まれていますので、そこから見る景色はすばらしいものでした。下の写真は山上の袁家界と言う町がかすかに見える方向の写真です。山と山の間に垂直に切り立った岩山が何本もあるのが分かると思います。

 左の写真は五指峰と呼ばれる岩石峰とそこでのガイドさんとの写真です。右が張家界でのガイドの張さんです。張さんは前年に長沙の大学を卒業したばかりのガイド2年生でした。左は黄石寨でのガイドの唐さんです。黄石寨ではガイドを連れて観光するときには、黄石寨専用のガイドを付けなければならないとの規則だそうで、人口の多い中国でのワークシェアリングの一つだと思います。でも、説明はまず中国語で唐さんがして、それを張さんが日本語に訳すと言う手間のかかるものでした。
 右の写真は展望台がどの様な断崖の上にあるかが分かる写真です。すごい崖の端にあると思いますが、たぶんもっとすごい崖の端にあるのではないかと思われる展望台もたくさんありました。
 
3日目(8月30日) 天子山と金鞭渓

 張家界2日目は天子山です。ここもロープウェーで山の上に登り、そこからシャトルバスで賀龍公園へと移動し、その周りの展望を楽しむところです。ここの岩山は黄石寨よりも細長いものが多いように思いました。
 午後は金鞭渓と呼ばれる約6kmの渓谷を歩きました。黄石寨、天子山と上から見た岩山を下から見ようと言う訳です。右は渓谷全体の名前になった金鞭岩です。高さは350mもあるそうで、とても38mmの焦点距離のカメラでは全体像は写せませんでした。と言うか、渓谷全体、他の写真を見ても分かりますが、垂直に切り立った断崖は上まで入らず、谷が深いために下の川は露出不足で、上部は露出過多で写真にはし難いところです。と言うことで、写真は綺麗に撮れていませんが、とても綺麗なところです。
 歩き疲れて、ホテルに早めに戻り(計画通りにですが、・・・・)、ホテルの部屋からの写真が右の写真です。右の写真は夕食後琵琶渓のホテル街を散策して、ちょっと寄った食堂街です。何が変わっているかというと、どの店にも店先に蛇、ザリガニ、大きな貝、雉、鳩、鼠(?)、狸と生きた食材が所狭しと並んでいました。もちろん、夕食直後で食べませんでしたが、店の人から「ハオツー(おいしいよ)」と声がかかりましたが、並んでいる物が、・・・・・と言うところでした。

4日目(8月31日) 黄龍洞、宝峰湖

 張家界3日目の午前中は黄龍洞と呼ばれる鍾乳洞です。琵琶渓にあるホテルから1時間ぐらいかかりました。ここの鍾乳洞には地底河があり、そのうち1.5kmが遊覧コースに入っています。ガイドブックによると総延長は10kmにもおよぶそうです。太古の昔の落盤で出来た大きなホールがいくつもあり、非常に長い鍾乳石がニョキニョキといっぱいありました。見学時間は丁度2時間ほどでした。
 午後は宝峰湖と言われる人造湖での遊覧船です。岩石峰を上から見て、下から見て、果ては地中に潜って、更に谷の中間の高さから船で見ようと言う趣向でしたが、今ひとつの企画倒れでした。でも、ダム湖の遊覧船としては綺麗な景色での遊覧でした。右の岩は左を向いた高い髪飾りを付けた顔に見えませんか?
  

5日目(9月1日) 長沙

 旅行5日目午前中は張家界から長沙への移動です。飛行場は天門山風景区の北側にあり、空港からはその山々がよく見えます。(と言っても、私たちが居たときには霞んでいましたが、・・・・・)現在、観光遊歩道の整備中で一般観光客は行くところではないとのことでしたが、数年内に行けるようになるでしょうとのことでした。何故、「天門山」と言うかと言うと左写真の中程の高さのやや左寄りに山に大きな穴が開いているのが分かるでしょうか。その穴が「天門」と言うわけです。この穴は三国呉の永安6年(西暦263年)に地震で開いてしまったそうで、それ以来、山の名前が天門山となったそうです。
 右の写真は空港に留まっている武漢航空WU337便です。初めての経験ですが、座席がなんと自由席でした!
 長沙に移動してからは、湖南省博物館、岳麓山麓にある麓山寺、岳麓書院を見て回りましたが、とりあえずは、省略。

6日目(9月2日) 上海

 長沙から上海に移動して、お昼チョット前に上海博物館に着き、閉館の5時までいました。午前中は飛行機に乗っただけで、しかも、軽い機内食が出ましたので、お腹はすいておらず、先ずは4階から見学しました。4階だけで2時間ほどかかり、1階のレストランに行ったら、何と、2時以降は飲み物だけ、それで、2階の喫茶店でケーキとコーヒーと言うごくごく軽い食事となりました。でも、それでピッタシでした。それから、3階、2階と見たところで、4時半をまわり、1階の青銅器の展示室は98年に見ましたので入らず、1階の古代彫刻と特別展の展示室は各10分ほどで走り抜けただけで、閉館の5時となってしまいました。もう1回、2時間ほどの時間をとりたいところです。

7日目(9月3日) 上海郊外(大観園、周庄、松江)

 7日目は上海郊外の観光です。上海から片側2車線の快適な道路で約1時間で大観園に着きました。大観園は清代の「紅楼夢」と言う小説の舞台を具体化した公園で、小説上の屋敷や庭が現実の物になっています。大観園をロケ地としたテレビドラマもあったそうです。小説を読んでいない、ドラマを見ていない人には関係のない観光地で、ガラガラでした。庭も一応は整備されていましたが、一番奥の部分には整備が行き届かず荒れ始めているところもありました。でも回遊式の庭園としてみるといいところでした。それに、周庄への途中にありますから、そのために遠回りする訳でもありませんから、庭が好きなら行ってもいいところだと思います。大観園自体が淀山湖の周りの水郷地帯の一角にあるのですが、周庄までの間は水郷地帯の中の道という感じで、周庄に着きます。
 周庄については、「周荘」と書かれていたり、「周庄」と書かれていたりします。これは右の観光入場券にもあるように元々「周莊」と書いていたところに「莊」の文字の簡体字として「庄」の文字が使われることになったため簡体字中国語表記で「周庄」、日本語では「莊」の現代表記として「荘」を使うために「周荘」となっているようです。中国の漢字表記として「庄」の文字が昔からあって、2つの文字が1つの文字に統一されてしまったのかなど詳しいことは分かりません。話が逸れましたが、以下、周庄の紹介です。
 周庄の観光の売り文句は右の写真にもありますように「中国第一水郷」です。中国の水郷の観光地に行ったことがありませんので、第一かどうかは知りませんが、とてもいい観光地です。水郷ですから、主な通路は運河です。運河と言っても写真に写っているように小さな船ですが、船が行き違い出来る幅を持った幹線にあたる運河と船一艘が通れるだけの狭い運河があります。運河は藻で黄緑色していますが、異臭を放つなどと言うことはなく、事前に他のホームページを読んでの想像よりも綺麗でした。でも、運河にゴミを捨てる地元の人も見ましたし、運河を掃除して回るゴミ船も働いていました。 話が少し暗くなりましたが、運河の両岸には街路樹が植えられているところもあり、綺麗な風景となっていました。左の写真は双橋と呼ばれる運河のT字路の部分にかかっている2つの橋で、一番の観光スポットです。右の写真は観光化された運河の北の外れに近い両側が柳の並木になった綺麗なところです。周庄の道路は写真のように基本的には狭い路地です。その路地の多くはお土産屋などをやっており、所々にのこっている旧家が博物館として公開されています。下の写真はその中の一軒の台所です。台所の窯がなんと大理石 (@_@) 大金持ちだったんでしょうね。
 水郷の町、周庄のお寺、善福寺の各お堂を結ぶ通路は両側は池、まさに池の中にあるお寺です。お寺の門は湖に面していて、周庄の町はお寺の裏にあります。周庄の町には11時に着いて、駐車場に戻ったのが2時半でしたが、昼食を入れての3時間半の観光は全く足りませんでした。たぶん後2時間ぐらい取っていても楽しめたかなっ?という感じです。
 でも、周庄の後に松江と言うところの塔の見学を予定に入れていましたので、周庄をあとにしました。
 

 上海市松江には「方塔」と呼ばれる九層の塔があります。1975年に全面修復されて、新しい塔のように見えましたが、木材の62%が宋代の創建当時の物だそうで、中国でも古い時代の物がよく残っている塔になるそうです。この塔は日本の塔のように木造で、建物の断面が四角で、そのため「方塔」と呼ばれています。
 方塔の隣には照壁と呼ばれる明代の大型浮き彫りの付いた壁があり、なかなか立派な物でした。方塔や照壁の周辺は「方塔園」として1978年に公園化され、明代の建築を模した長廊などの建築物や池などがあります。
 また、方塔のある松江は上海の町の前身で、町の発展と共に現在の上海の市街のある場所に中心地が移動し、現在は上海の郊外の町ですが、島根県の松江は華やかなりし頃の松江に因んで町の名前が付けられたと言う話を聞きました。

8日目(9月4日) 上海

 私の行くところ、塔あり なのですが、帰国の日の午前中は龍華寺の七重の塔をまず見て、その後、上海のテレビ塔である東方明珠塔に登って、今回の中国旅行を終えました。

 とりあえずこんな所ですが、未完成の所、手抜きした所は、また、時間があるときに、追加しておきます。


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